課題解決を謳うなら、レフェラルサービスでは?

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新年あけましておめでとうございます。なんだかんだで昨年は職場を4つ経験しましたつじです。

何故に職場を4つも渡り歩いたかというと・・・、そんな事をこんなオープンな場所で書けるわけないではないですか(笑) 今いる場所で場所で出来るだけのことをやりつつ、自分が思うサービス、図書館像を具現化すべく努めていきたいと思います。

最近は公私ともに忙しいこともあり、図書館について自分の中の根本的な理想像(たとえそれが漠然としていても)が曖昧になってしまっているなと痛感しています。それもあってのこのエントリーです。とりあえず一つ前々から思っていたこと、考えたことを書き散らしますので、至らない所があっても諸々ご容赦いただき、温かい心で読んでいただけると幸いです。

「課題解決」と図書館について

 「課題解決型」の図書館などと、昨今よく目にするフレーズですが、自分には今一つピンときていません。2014年の夏の司書講習で、「図書館員は医療相談・法律相談・人生相談」に乗ってはいけないと教わりました(「なぜですか? 法的根拠は「あるのですか?」と教員に質問しましたが、曖昧に濁されました・・・、いつか調べねば、自力レファレンスだ・・・)。そんな無力な図書館員が利用者の課題なんて解決できるのか。資料だって健康情報の49の棚に行くと、医療情報の本の中にも怪しいものもたくさんあるし、3類の法律書を図書館員は読みこなせるか、また人生相談に乗ってはいけないのであるならば、鎌倉市図書館の話題になった「死にたくなったら図書館においで」という旨のツイートはグレーなのではないかと悶々としています。つまりは図書館に課題解決なんて現状で出来るのかよっ! という突っ込みですね。でもでも突っ込んでいるばかりではありませんよ、課題解決というならば、もっとレフェラルサービス(他機関紹介サービス)に力を入れるべきではないかと考えています。法律情報や医療情報や人生相談に関する相談を受けてはいけないのなら、例えば法テラスや地域の医療機関等につなぐ(これも最近の図書館のキーワードでしょうか)ことによって、より課題解決に近づくのではないかと考えています。そのためには図書館の外に出ていくこと、異業種の世界へとつながりを作っていくことが必須要件となりますね。

と、こんなことを思ったのも実はビックイシュー基金で働いていらっしゃる方のお話を聴く機会があったからなんです。ビックイシュー基金さんでは、「路上脱出ガイド」という小冊子を作成されて、様々な場所で配布されているとのこと。その冊子は、路上生活者がそこから脱出するにあたっての方法や支援してくれる機関などをまとめたものです。公共図書館と路上生活者、よくトラブルになりがちだと聞く事案ですが、図書館が路上生活者にビックイシュー基金さんを紹介(レフェラル)することはまさに課題解決じゃないかと思った次第です。

「課題解決」という言葉が声高に叫ばれるようになったのは、菅谷明子さんの『未来をつくる図書館』(岩波新書)の影響があったのかなと推測していますが、どうなんでしょうか・・・。『市民の図書館』、それ以降に明確な指針を打ち出せていなかった日本の図書館会(とりわけ公共図書館)にとって、ニューヨーク公共図書館の展開しているサービスは新たな目指すべき指針に見えた、というのは私の推測でしょうか・・・? もう一度書きますが、「課題解決」というならレフェラルサービスに力を入れるべきではないでしょうか?

 

何な偉そうなことを書いてしまいました。では実際に自分がどう動いていくのか、それはまた次回にでも書きたいと思います。明日は仕事始めなもので、今日はこれくらいにしておきます。

図書館の名刺と、少しのもやもや

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図書館員は名刺を持つべきだ! という主張を発信されている方々をSNSやブログなどでお見かけするここしばらくですが、結論から言えば私も個人名刺でもよいから名刺を持つべきだと思います。今は職場の方で名刺を作ってもらえる立場となり、これは大変に喜ばしいことなのですが、それとは別に個人名刺も作ろうかと考えています。本当ならもっと早く、今の職場に名刺を作ってもらう以前に、個人名刺を作っておくべきだったとつくづく感じています。昨夏の司書講習で司書の資格を無事に取得し、それで堂々と「司書」という文言を載せることが出来たのだから、もっと早くに作るべきでしたね。そこで作らなかったのは自分自身の怠惰でした(また名刺作るだけのお金もなかったという事情もありますが・・・)。

ではなぜ個人名刺を作るのか・・・、それはある組織に所属している自分とは別に、一人の図書館員としての存在意義を名刺によって示したいから、というのがまず一つ目の理由。もう一つは、SNSやメールアドレスなどの連絡先を相手に手渡すという実用的な意味が二つ目の理由(今の職場で作ってもらっている名刺はプライベートな情報は載っていないので)。

一つ目の理由は、自分自身のブランディングという側面もあります。世知辛い話をすれば、この図書館を取り巻く厳しい雇用状況の中で一つの職場・組織に勤め上げるのはなかなかないこと。組織が変わっても、自身が図書館に携わる者としてのアイデンディファイが出来る信念のようなものが必要かと思います。それを具現化したものが個人名刺なのではないかと思うのです。その信念のようなものを様々な人たちに手渡すことになるのですから、これは自分自身のPR・ブランディングになるのではないかと考えます。

二つ目の理由については、本当に言わずもがなです。名刺交換の後に連絡を取り合う手段を残しておくという至極に実用的なことですね。以前にこのブログでも紹介した、鎌倉幸子さんが書かれた『走れ! 移動図書館~本でよりそう復興支援~』(ちくまプリマー新書)に、「記録されないものは記憶されない」という一文がありますが、名刺についても言えることだと思います。

さて、いざ個人名刺を作るとなってデザインなどいろいろと考えることがあって悩みます。紙は、書体は、イラストとか入れるの、とか考えるときりがないですね。実用的な面では、SNS(主にFacebook)の連絡先は載せるとして、それに個人のメールアドレスでしょうか。あとは何か自分を表現するキャッチコピーのような肩書きが欲しいです(笑)

個人名刺については詰めていきたいので、作ったらまたこのブログで報告したいと思います!

また、名刺について印象的というよりもショックだったエピソードを。昨秋から年初めにかけて契約社員という立場で図書館員をしていたのですが、そこで会社の方に「名刺は作ってもらえるんですか?」と質問したところ、「その立場で名刺を作ってほしいと言われたのは初めてだ」と言われたこと。アルバイトではなく一応は契約社員だったので作ってもらえるのかな~、なんて甘かったですね。と言うより、他に俺と同じ立場で働いている人はいっぱいいるのに、その人たちは名刺が欲しくないの? と少し不思議な感じでした。そして、後日に同じ立場で働いているに名刺に話を振ってみたところ、「あー、使わないし要らないですよ~」という返事だったのは少しビックリしました。そういう人もいるのか、そういう人がほとんどなのかどっちなのかはわかりませんが。

そして、最後にもやもやしていることを自戒を込めて書きます。司書講習の最中に、たまたま一緒になった男子大学生の「図書館で働きたいなあ」という、呟きが妙に心に残っているのです。その原因は何だろうと考えるに、その男子大学生にとって「図書館で働く」ことがゴールになってしまっていたことなのではないかなと思います。「図書館で働きたい」という人は世にたくさんいるでしょう。でも「図書館で働く」ということ自体で言うなれば、今の時代はそんなに高いハードルではありません。時給900円くらいのアルバイトなら下手したら司書の資格などなくても働くことは可能です(実際に自分はそうでした)。そこでもう一歩、二歩と突き詰めて「図書館でどうやって、どんな風に働きたいのか?」という意識を持つのか、ということが問題になってくるように思います。「図書館で働く」ことをゴールに据えるのではなく、せめてどんなサービスを自身が提供したいのか、出来るのかを模索・実践していく必要があるかと考えています。

自分自身もまだまだ至らないところもありますが、その問題意識を忘れずにいきたいと思います。

またまた長くなってしまいましたね、ここまで読んでいただきありがとうございました。

司書講習フォローアップのススメ~その1~

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こんばんは、久々の更新になりますね、つじです。

昨夏の司書講習で無事に司書の資格を取得し、その後に、自分自身の至らなさを身に沁みて感じることもありながらも、本当に様々な紆余曲折を経て、今現在は都内の図書館で働いています。昨夏に司書の資格を取ったといっても、まだまだここからがスタートだなと思ったのはよく覚えています。閉講式で先生方も口々におっしゃっていましたしね。司書という資格だけでご飯を食べられる時代でもないですし、やはりその後のフォローアップが欠かせないなとは今でも肝に銘じています。

最近は「司書講習」というワードでこのブログがわりと検索されているようなので、そこで司書講習の後のフォローアップのススメを書いてみたいと考えました。余りプライベートなことは今のところここでは書かないつもりなので、どんな本を読んだか、どんな研修を受けたか、など等の紹介をぼちぼちしていきたいと思います。

ちなみに明治大学での司書講習では、菅谷明子さんの『未来をつくる図書館ーニューヨークからの報告ー』(岩波新書・2003/9/20)と、猪谷千香さんの『つながる図書館ーコミュニティの核をめざす試みー』(ちくま新書・2014/1/7)はレポートの必読文献でした。おそらくレポートの出来がどうこうよりも、「司書の資格を持つんだったら、最低限この2冊は読んどかないと!」という先生からのメッセージを個人的には感じました。十年ほどの出版年の違いはあれど、先駆的な図書館の在り方を提示したこの2冊の本は、与えたインパクトの大きさを鑑みても図書館に携わる人間なら、確かに最低限に抑えておくべき本だと個人的にも思います。まあ『未来をつくる図書館』が出版された当時は図書館の世界にいなかったので、伝聞でしかないのですが・・・。

さて、この2冊ではアメリカと日本、各国の先駆的な試みをなす図書館が紹介されています。この2冊を読めば、ニューヨーク公共図書館がどのような取り組みをしている組織なのか、また日本においても様々な全国の様々なカタチの図書館を必然的に知ることになります。それは、これからの図書館像を語る上で議論をする前提条件のようなものを知るということなのだと、個人的には思っています。

この2冊の他に図書館本で読んで欲しいものは何冊もあるので何点かピックアップしたいと思います。

まずは鎌倉幸子さんの『走れ! 移動図書館~本でよりそう復興支援~』(ちくまプリマー新書・20014/1/7)です。東日本大震災の際の、本を通して、被災地での移動図書館活動を通しての復興支援の取り組みを書いたこの本は、様々な切り口で読むことが出来る本です。ボランティア、被災地支援の在り方、本のチカラ、など等。震災直後の緊迫した状況から、被災地の様子、そしてそこから移動図書館プロジェクトを立ち上げるまでのプロセスが語られます。その過程、また被災地での移動図書館活動の記録の中で、また鎌倉幸子さんが所属されているシャンティ国際ボランティア会の格言のような言葉の数々に触れ、なにか図書館の本質に触れたような感触を得た記憶が残っています。

次は柳与志夫さんの『千代田図書館とは何かー新しい公共空間の形成ー』(ポット出版・2010/3/2)。新しくリニューアルした際の千代田区立千代田図書館を開館させるまでのプロセスが、かなり強気な口調で書かれています。リニューアルする千代田区立千代田図書館という新しい「公共空間」を作り出すために尽力する著者と、その過程。こんなにストレートに書いてしまって大丈夫かと心配になるくらい、刺激的な1冊でした。司書であるという意識を高く保つというという意味でも、読んでおいて損はない1冊かと。著者の熱い意気込みが伝わってきます。

読んだ本の紹介は今回はこの辺りで。久々に少しまとまった量の文章を書くと疲れますね(笑) でも最後に読んだ本以外で2点書かせてください。

一つは明治大学リバティーアカデミーで開講されている「図書館員のためのブラッシュアップ講座Ⅻ」(https://academy.meiji.jp/course/detail/2017/)です。隔週くらいの割合で、全15回の講座です。図書館会の先端を行く方々の講義を受けられるだけではなく、受講者同士の横のつながりも持つことが出来て、参加してみて本当に有意義でした。今年も秋から来春にかけて開講予定とのことなので、参加してみることをおススメします。

もう一つは、FacebookをはじめとしたSNSを使って積極的に情報をキャッチしていくこと。SNSをやっているかどうかで、同じ図書館員であっても、研修や講演会などの情報に対して、かなりの情報格差があると個人的に痛感しています。情報を扱うプロであるはずの図書館員として、様々な情報をキャッチし、つながりを作っていくためにSNSを駆使するということは大きな意義があると考えています。

とりあえず今日はこれくらいで。また余力があるときに更新したいと思います。

日本文藝家協会主催シンポジウム 「公共図書館はほんとうに本の敵?」に参加してきました

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こんにちは、先日2月2日に新宿紀伊國屋サザンシアターにて行われた標記のシンポジウムに行ってきました。そのレポート、雑感などを。長くなりそうですがお付き合いいただければ幸いです。

刺激的なタイトルのこのシンポジウム、登壇者は佐藤優氏、林真理子氏、猪谷千香氏、菊池明郎氏、根本彰氏、石井昂氏の六名と、司会は植村八潮氏。やはり日本文藝家協会主催であることを感じさせる顔触れ。

このシンポジウム、どういった趣旨で開催されたのかと配布された資料に目を落とすと、「出版産業の現状は、まさに危機的です」と出版物の売上の落ち込みの現況、しかし公共図書館の貸出冊数は増加している、だが「そんな公共図書館も、実は出版界と同じく危機にあると思われ」ると、そして「書店・作家・出版社、すなわち売り手・書き手・つくり手と、公共財の有効利用者たる公共図書館が協力・共存する未来はえがけないか、それぞれの立場からの考えを知りたい、そのために話し合いたい、そして日本語表現文化の未来像をイメージしたい」とあります。

個人的な問題意識としては、エンドユーザーたる読者のことも含めての問題意識をもって臨んだので、その辺りが少し腑に落ちないなと思いつつも、話の落とし所がどこになるかに留意して、シンポジウムを聴くこととなりました。

まずは、登壇者各々の挨拶。どんなことを話されたのかを以下に簡単に。

石井氏→公共図書館を敵だと思ったことはない。

根本氏→貸出至上主義にはそこまで肯定的な立場であるわけではない。

林氏→本屋の娘としてこのシンポジウムに臨んだ。(出版業界と公共図書館)同じ船に乗っているもの同士。

佐藤氏→新自由主義、反知性主義が悪い。

猪谷氏→図書館と出版業界が手を取り合ってという実感。

菊池氏→出版社として言うべきことは言わないといけない。再販制度について。

その後は石井氏に話を振る司会の植村氏。石井氏は公共図書館におけるベストセラーの複本問題に言及。中堅作家の増刷がかからない、また無料で読めるという感覚を利用者が持ってしまっている。 新刊の本は貸出まで6ヶ月待って欲しいという提言。 そして図書館は出版社に理解をと。

根本氏がそれを受ける形で、図書館の目的は多様であるにも関わらず、日本の司書の専門性は低い、それは資格は簡単に取れるし養成の過程もしっかりしていない、行政評価が単純化し過ぎていて貸出冊数はその単純化された指標の大きな一つ。

そこで指定管理者制度に話が。林氏は武雄市図書館に言及、はじめは良いイメージを持っていなかったが、実際に行ってみると良い印象を持った。地元の中学校のクラスでは全員が武雄市図書館に行ったことがあったと。

また登壇者から、首長によって「公共」というものがコロコロ変わって良いのかという指摘も。

そこで佐藤氏、大学時代の同志社大学の神学部図書館のエピソードや、図書館で廃棄される貴重資料の話。公共図書館の在り方がよくわからない。

根本氏がそれに関して公共図書館と大学図書館のコレクション構築の違いもあると。公共図書館における予約について、市民・素人が関わることの是非、またマネジメントが自律的ではないと可能ではないという話。それを受けて、植村氏は市民の圧力が公共図書館をつくってしまうのではないか、司書の自律性が危ういと。

ここで猪谷氏に全国で先進的な取り組みを行っている図書館の事例紹介。武蔵野プレイス、まちとしょテラソ、まちライブラリー、千代田区立図書館など。また市民の図書館リテラシーについて。その流れで根本氏における海外の図書館の事例紹介。

そして、石井氏から公共図書館における「ベストセラー寄贈のお願い」についての苦言。住民の質のレベル、理想の図書館とかけ離れていると。そこで話を振られた佐藤氏、拘置所の図書館が究極の寄贈図書館だというお話。

最後に理想の図書館とはどんな図書館か? という問い掛けに登壇者各々が答える形を持って終わりに。

菊池氏→伊万里市民図書館、ビジネス支援、リテラシーが高い。

猪谷氏→子どもの学びを取り巻く格差、それを図書館で埋めるべき。長い目で見た、本の文化を作り上げる図書館。

佐藤氏→久米島の高校図書館。

林氏→家から近い、人が少ない、買えない本がいっぱいある、うるさいおじさんおばさんがいない。

根本氏→学校図書館を整理すべき、読書市民の形成。

石井氏→版元を助ける図書館。新刊の貸出を6ヶ月待ってくれる図書館。

手元のメモをもとにシンポジウム全体の流れを追ってみたのですが、以下に雑感を幾つか。正直に言ってしまえばモヤモヤの残るシンポジウムでしたね。

・日本文藝家協会と公共図書館、どちらが主語なのか最後までよくわからなかった。シンポジウムのタイトルだけ見れば公共図書館なのでしょうが、話されている内容を考えるとどうやらそうでもない感も。

・公共図書館と出版業界、林氏が「同じ船に乗ったもの同士」ということを言っていましたが、両者を結び付ける根拠が経済的に厳しいということ以外に見つけられなかった。その点だけに依拠して「同じ船」という問題意識を持っているとすれば、やはり違和感を持たざるをえないと。

・配布資料には、貸出至上主義に走らない新しいタイプの公共図書館があるが僅かに1%に満たないとある、にも関わらずその1%に満たない図書館を猪谷氏が15分余りも紹介したのは何だったのか、その位置付けがよくわからなかった。このシンポジウムの主語が公共図書館だとしても、問題は99%の公共図書館の方にあるはずなのに。

・話し合うというより、出版業界からの公共図書館への一方的な申し送りに感じた。図書館の人間として登壇した猪谷氏と根本氏、共に厳密に言えば公共図書館の人間(当事者)ではない。要は公共図書館を主語とした場合でも、その声を代表する人間として適当だったのかどうか。

以上雑感です。質疑応答もなく、一方的な感は否めなかったですが、一公共図書館に関わる人間として屈していられないですね。というより、対立軸を作ることより、もっと建設的な話をしてほしかった。利用者の図書館リテラシーを上げる云々のところなど、その格好の糸口だったと思うのに…。

なんかスッキリとはしませんが、とりあえずはここまでで。手元のメモをもとに書いたので、事実誤認などあればご指摘等いただければ。