図書館で働いてきて感じたこと、または働いていて感じること

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久しぶりの投稿になります。今回はタイトルの通り、今まで自分が図書館で働いてきて感じたこと、そして今現在も図書館で働いていて感じていること、そして心掛けていることについて書いてみたいと思います。

まずは図書館で働き始めてからの来歴を振り返ってみる

図書館で働き始めたのが約4年前、司書の資格を取得するため司書講習に通っていたのが3年前です。それまで長らく学生生活が続いていたこと、また司書資格も持っていなかったこと、自分自身ろくに就職したことがないこと、また図書館業界は雇用の面で非常に厳しいと聞いていたこと、以上の理由から最初は半ば「下積み」の意識もありました。

最初の図書館では業務委託のアルバイト。カウンターと配架業務、そして回送されてきた資料の処理が日々の業務でした。そこで約1年働いたのち、司書資格取得を機に指定管理の図書館で契約社員として約4か月働きました。それからその図書館を辞め、書店のバイトなどを経つつ、今の組織で働き始めたのが約2年になり今現在に至ります。今の職場では、最初の図書館で働いていた時期に比べれば、ずっと大きな裁量と自身のスキルアップの機会をもらえていると実感しています。

ただ今のところに来るまでの道程を考えてみると、決して安定はしていません。しかし浮き沈みはありながらも、少しずつでも成長を実感できています。それなりに大きな失敗もしたので、その失敗を乗り越えるべく努力もしているつもりです。また逆に自分が成長できた/できているという実感もあります。

そんな日々の中、まだまだ先を見据えて悪戦苦闘の日々が続いています。

図書館で働いてきて感じたこと

 ここからが本題に入ります。「図書館で働いてきた」といっても、様々な立場があります。来歴を読んでいただければわかると思いますが、自分はずっと非正規雇用で働いてきました。そんな中で感じたことを書いていこうと思います。自分の経験が少しでも現場にフィードバックされ、図書館で働く志ある人々の参考になればと思います。

手段と目的について

仕事には「目的」があります。そして、その目的を達成するために「手段」があります。両者が入れ替っている。または「手段」が「目的」を失ったまま、「手段」をこなすことそのものが「目的」になってしまっている、そう思わされたことが多くありました。

新聞の装備について具体例を挙げてみましょう。図書館では一般的に新聞を利用者の閲覧に供する際に、バラバラにならないようにホチキスで留める、そのホチキスで利用者が怪我をしないためにセロテープをホチキスで留めた上に貼る、また図書館の所蔵の資料であることを示すために所蔵印を押す等の作業を行っています。新聞の装備にも一つ一つの作業でも「目的」があるのです。

しかし今まで勤務していた図書館では、その「目的」を忘れてしまって、本来は「手段」である作業を確実に遂行すること自体が目的化するというケースを往々にして見てきました。

新聞の装備のケース当てはめて言えば、本来の利用者の閲覧に際するという「目的」を見失ったまま、所蔵印を押し忘れないこと、ホチキスをきちんと綴じること、それらを確実に遂行すること自体が、目的化されてしまう、といった感じでしょうか。要は、本来の「目的」を意識することなく、いかにミスをしないかということ自体が「目的」になってしまっている。99%を99.5%に高めることが目的となってしまっているように感じました。

これは新聞装備に限らったことではありません。本をブックトラックに載せる時の方向、用紙に記入する際は何色のボールペンを使うか、などといったことで注意されたことが多々あります。そういう時に感じたのは、「目的」に対して「手段」が肥大化している、または「目的」自体が忘れられてしまっている、または非常に軽いものになりつつある、ということでした。

常に「目的」を意識してほしいというのが自分の思いです。日々のルーティンワークの中で、時に「目的」を忘れてしまうことがあるかもしれません。自分自身にも自戒を込めて書いているのですが、たとえ小さなで細かい作業でも、その「目的」を忘れないようにしてほしいのです。

大きな視点でものを見るということ、全体像をみるということ

自分がアルバイトの頃に感じていたもどかしさとして、今自分が働いている図書館の全体像が見えないということがありました。

自分はその図書館の末端のようなところにいたので、情報が入って来ないのは仕方がない部分もあったのだと思います。しかし、運営形態や図書館の全体像が見えないことに対して、強いもどかしさと不安がありました。もちろん、図書館の運営について知識が欠如していたことも否めません。そこで、司書講習の応募動機に、「今自分がアルバイトながらも図書館に勤務していて、今後も図書館に携わっていく上でまずは自分が図書館について何を知っていてまた何を知らないのかを、知りたいから」と書きました。司書資格を取得する過程の中で、その一端は知ることが出来たと思います。

しかし、もっと大きな視点から見てみるということは、まだまだ自分自身の今後の課題でもあります。運営母体はどうなっているのか。また地域社会や社会全体の中での図書館の立ち位置。そして業界の中での自分自身の立ち位置を考えてみること。それらはとても大切なことであると思います。先に書いた「手段」と「目的」についても関わってくるかもしれません。大きな視野から見た図を前にすれば、自らの「目的」が自然と見えてくると思うからです。

このことは今の自分にとって大きな課題であると書いていて再認識が出来ました。大きな視野で書かれた図を手にするために「時には図書館の枠組からも外に出て相対的な視点で見てみる」ことを、それを積極的に行っていきたいと思います。

必要なスキルとは

司書は専門職なのでしょうか?

その問いには賛否両論があるかもしれません。しかし、司書は専門職であっても専門職でなくても、対価を貰って働いているからには一人の社会人です。そのことを鑑みた時に、どんなスキルが必要なのか自分の経験を踏まえつつ書いてみたいと思います。

自分の場合で考えた時に、必要なものはパソコンスキルと仕事をする上での基本的な常識でした。前者で言えばExcelの使い方やショートカットキーの使い方を身に付けて作業効率を高めること。後者の場合は、報告書の基本的な書き方、またPDCAサイクルやいわゆる「ホウレンソウ」といった働く上で基礎的な考え方を習得することでした。自分の場合、働く上でのそういった基礎的な部分が非常に脆弱でした。

司書講習のグループワークで、グループのメンバー全員がパワーポイントを使ったことがなかったことがあり、その衝撃が忘れられません。司書は専門職か否か、という議論はあるにしても、働くということについての基礎的なスキルは身に付けるべきだし、またリカレントしていくべきだと痛感しています。もちろんパソコンスキルはあるに越したことはないと思っています。

 

終わりに

随分と長くなってしまいました、毎度のことしれませんが。ここまで読んでくださって、ありがとうございます。いま思っていることを、出来る限り整理しつつ吐き出してみた、という感じです。

図書館で働きたいという人はたくさんいらっしゃると思うのですが、どこでどう働きたいのかということを考えてほしいと個人的には思います。あとは先にも書いたように「目的」を見失わないで欲しいとも強く思います。

この投稿には多分に自戒を込めています。自らを鼓舞するきっかけとともに、多くの図書館で働く人たちの参考になってくれれば本望です。

 

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