ニキ・ド・サンファル展@国立新美術館に行ってきました

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またまた投稿に日にちが経ってしまいましたね、つじです。

今回は趣向を変えて昨日に行ってきたニキ・ド・サンファル展のことなど、気ままに書いてみようと思います。

いや、美術館とかホントに久々ですよ、3年くらい前に同じく国立新美術館で開催されていたシュルレアリスム展以来でしょうか。いろいろと仕事も趣味も図書館尽くしな感じだったので、たまには美術館の空気に触れてリフレッシュを図ろうというつもりでした。

哀しいかなアートに関してはたいした素養もなく、またボギャブラリーも乏しい自分ですが、まあ気軽なブログということでお許し、御笑覧いただけると幸いです。

ニキ・ド・サンファル(以下はニキと表記)、ポスターなど見ていた感じだと若い方だと思っていたのですが、もう故人なのですね。30代か40代くらいの前衛アートの方だと思っていたら1930年生まれとのこと。それにしては作風がポップだなあという感じですね。(ウィキペディアのニキ・ド・サンファルの項目はこちら→こちら

ニキの生涯に沿って作品が展示されていくのですが、初期の作品には銃やピストルといったモチーフが頻繁に登場します。オブジェなどの作品の中に、また映像でスクリーンに映されていた(おそらくインクか絵具が入った)銃弾を、壁のオブジェにライフルで撃ち込んでいくパフォーマンスなどなど。当時の時代背景や、ニキの心境などから「風穴を開ける」というモチーフを感じ取りました。

またその後には「ナナ」シリーズと呼ばれる作品群の展示があります。「ナナ」はフランス語で“娘”というような意味があるそう。それらに表現されてる物は、豊満な肉体を持ってはいても、どこかに傷や不安定なものを抱えていたりと、ポップでカラフルな色使いの中にもニキの問題意識を感じさせます。

晩年にニキはヒンドュー教などの精神世界に触れ、それらをモチーフとした作品も創り出します。その中でもひときわ存在感を示していたのは下の写真の「ブッダ」です(なお、この作品は指定された場所からなら撮影は許可されています)。

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そして、展示の最後には下の写真にある作品が迎えてくれます。

「観に来てくれてありがとう」というニキのメッセージを感じてしまうのはちょっと感傷的でしょうか(笑) この作品も撮影は許可されています、念のため。

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展示を観たあとに、「こんな作品をつくるのってどんな心境なんだろう?」というようなことを一緒に見に行った人に聞いてみました。と言うのも、自分は絵を描いたりするのが本当に苦手だったので、アーティストと呼ばれる人たちが作品をつくるときはどんな心境、心持ちなんだろうかとずっと気になっていたからです。

するとちょっと真剣な声音で、「無心でやってるんじゃないの。つくりたいからつくってるんじゃなくて、表現せずにはいられないのではないのかな。なにか抱えてる、吐き出したいものがあってそれを外に出すためにやってる」と言われました。そして、それは自分がこうやってブログを書いているのと構造的には似ている、っと。それがどういう形を取るかが違うだけなのではないか、と。

それを聞いて、ものすごく腑に落ちた感じが自分の中にありました。そうか、そうなんだなって。自分も無意識にというか、気が付いたらこんな風にブログ書いてるし。一応お断りしておくと、あくまでも構造的な類似であってレベルの問題ではありませんよ(笑)

良い時間をニキ・ド・サンファル展にて過ごすことが出来ました。美術館もたまには行くべきですね。本当に良い気分転換になります。

今後も無意識のアウトプットを様々なカタチで起こしていきたいなあと思う初秋の休日でした。頑張ろう。

【付記】ミュージアムショップと国立新美術館のアートライブラリーも素敵でした。ライブラリーショップとか展開すれば面白そうだし、需要はありそうなんだけどなあ。

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